お料理研究家の辛永清(しんえいせい)さんという方が書かれた「安閑園の食卓」私の台南物語という本があります。ご本人の子供時代から今までの多彩な人との出会いや家族の思い出を振り返りながら、お料理や台湾の暮しについてのエッセイ集なのですが、お医者さまのことが書かれている章があります。とても印象的でした。
向かい合って座っているだけで心が穏やかになる。安心して体を委ねられる。機械や検査の数字に頼らずに患者の話を聞き、顔色や肌の色を見て体に触れて病をさぐり、医療技術だけでなく精神的な面でも患者の力になってくれるのが、本当の意味での癒し手といわれるひとではないだろうか。 とあります。
また患者の食事にも気を配ってくれて、メニューまで作る先生も。という内容がありました。
子供のころ、近所にご自宅で開業されているお医者様がおりました。住宅地なのですが、庭があり、芝生があり、松が植えられ、静かな雰囲気のご自宅でそのなかに病院がありました。
夜がメインだったのか、学校から帰った後、咳が出て風邪気味で母といくとご近所のかたで30人くらい入れる待合室はいつも一杯。座れずに立っているかたもおりました。みなさん、診察の順番を待っていました。
名前を呼ばれて診察室に入ると白衣をパリッとお召しになったおじさんが、いやおじいさんが、ニコニコと迎えてくれました。顔を見て、聴診器をあて、脈をとって腕をさすって、終わり。
待合室に戻りますと、受付の奥で真白い乳鉢の音がしていました。目の前で薬を調合しているのです。
ゴリゴリゴリ~、ススス、トントン、サーァと、分銅ではかったお皿からセロファンに入れられてお薬ができていきます。
手で作られていただくお薬がテレビCMの薬より効くような感じがして、先生に言われた服用のきまりを頑なに守ったものです。
いま住んでいる町にこんなお医者様がいてくれたら。どんなに助かることでしょう。
「町」という言葉にはそこに住む人たちへの親しみとウエルカムの心があると思います。また集う人たちも町を大切にする。それだけで、ホッとできる、安心できる。
辛さん、お料理の本でお医者様のありかたの大切なことに触れる文章に出会うとは思いませんでした。ありがとうございました。